いよいよ本気のようです。
7月4日の日経新聞に【厚生年金、加入逃れ阻止】との見出しで社会保険についての記事が掲載されていました。要約すると次のような内容です。
・政府は厚生年金に入っていない中小零細企業など約80万社を来年度から特定し加入させる方針を決めた。
・国税庁が保有する企業情報をもとに厚生年金に加入していない企業を調べ、日本年金機構が加入を求める。
・応じない場合は法的措置で強制加入させる。
社会保険については全ての企業に加入する義務がありますが、会社が負担する保険料が重いため、実際には加入していない企業が少なくありません。今回、そうした企業を社会保険に加入させるために、国税庁が持っている企業のデータを日本年金機構に提供するとのことですので、国の本気度合いが伺えます。
ここで年金制度の是非を論じても意味がありませんので、現在、社会保険に加入していない企業が実際に加入するとなると、会社の数字にどの程度の影響があるのか、見てきたいと思います。
次の要約損益計算書をご覧になってください。こちらは年商1億円、限界利益率70%、労働分配率50%、売上高経常利益率10%の架空のA社です。規模は小さいですが、なかなかの業績です。しかし現在、社会保険に加入していません。
現在の社会保険料率は健康保険、厚生年金合わせて会社負担は、およそ13.5%ほどです。A社が給与支給額はそのままで、全ての社員について社会保険に加入したと仮定するとどうなるでしょうか。
なんと、経常利益、税引後当期利益とも、約半分近くにまで落ち込んでしまいます。
売上高経常利益率10%の企業でもこの結果です。では年商1億、限界利益率65%、労働分配率約54%、売上高経常利益率が5%ほどのB社ではどうなるでしょうか。
社会保険に加入することで500万円あった経常利益はほぼ無くなり、税引後当期利益は社会保険未加入の時の3.5%にまで落ち込んでしまいました。こうなると内部留保どころではありません。赤字転落は目の前で、何か手を打たなければ、この先、会社の存続すら危うくなりかねません。
これは従業員にとっても大きな問題です。現在、社会保険に未加入の会社に勤める月収30万円のCさんの会社が、社会保険に加入するとCさんの手取り額にどういった影響があるのでしょうか。
上記のように、会社が社会保険に加入したことによってCさんの手取り額は約4万円減少してしまいました。もちろん未加入の時は手取り額から個人で国民健康保険料と国民年金保険料を納めていたはずですので、単純に4万円手取り額が減るということではありません。しかし、従業員にとって給与明細の手取り額が4万円減少することの心理的インパクトはとても大きいはずです。
そこで、仮にCさんの手取り額を減らさないようにしてあげるとなると、会社はCさんの給与手当を35万円程まで増額しなければならなくなります。全ての従業員について、同様に手取り額が減らないように給与手当を増額すると、売上高経常利益率10%を誇っていたA社であっても完全な赤字。B社に至っては、しゃれにならない大赤字です。このまま行けば間違いなく倒産してしまいますので、従業員にとっては辛い話しですが、よほど他の部分で収益の改善が行われない限り、A・B両社ともに、従業員の手取維持のための給与増額は難しいでしょう。
■従業員の手取額を維持した場合
言うまでもなく、社会保険に加入していない会社が社会保険に加入することによって、従業員1人にかかるコストは確実に増えます。労働人口が減り、ただでさえ人材確保が難しくなりつつある現代において、社会保険に加入したからといって、その分、今いる従業員の給与を下げられるかといえば、そう簡単にはいかないのが実情でしょう。しかし、そのまま何も対策を講じなければ、確実に会社の利益は減ってしまいます。
では、どうすれば良いのか。
残念ながらウルトラCはありません。しかし、国が本気になってきている以上、現在社会保険に加入していない企業も、近い将来必ず加入しなければならない時が来る前提で経営の舵取りを行う必要があります。
パートやアルバイトであっても、常時使用されており、労働時間、労働日数が一般社員の4分の3以上であるなどの基準を満たせば、原則として社会保険の対象となってしまいます。であれば、パートやアルバイトなどの短時間労働者が社会保険の適用対象とならないように、今まで以上に1人1人の労働時間の管理を徹底し、その分多くの短時間労働者を雇用するなどの対策も必要になってくるでしょう。
また、社会保険の適用対象外となる短時間労働者の積極的な活用に加えて、社員の給与体系、評価・昇給制度の再構築や、これから入社する社員の給与設定の見直しを行うことはもちろんのこと、自社製品の価格設定、全ての経費についても見直し、予算管理を行い、社会保険料を納めても利益が残せるように備える必要があります。
社会保険の強制加入が本当に全ての企業に実施されれば、倒産してしまう企業もおそらく出てくるでしょう。しかし、絶対にそのような事態は避けなければなりません。社会保険に加入していない企業は、まずは社会保険に加入した場合、自社の損益に与える影響についてのシミュレーションを今すぐに行ってください。そして、社会保険料を納めても利益が獲得できる体質を築くために自社に必要なことは何か、今からすべきことは何か。考えて実行する。これしかないのです。