お客様のためにお客様を減らす

東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、新型コロナの収束後も入場制限を続ける方針であるという記事が6月22日の日経新聞に掲載されていました。

コロナ過で国や県から入場制限を求められたことでチケット争奪戦が起きたものの、来園者からは「アトラクションの待ち時間がなくなり、従来より楽しめた」という声が聞こえたことが、拡大路線を続けてきた運営方針を転換する大きなきっかけになったそうです。

新型コロナ収束後もコロナ前の最大8割程度にとどめる制限を続けることでアトラクション利用前の長時間の行列を解消し、顧客満足度を高めるのが狙いです。

昨年、開業以来初の1年に2回の値上げを実行したオリエンタルランド社。
コロナ前の2018年は7,400円であったワンデーパスポート(大人)料金が昨年10月からは曜日などによって異なる7,900円、8,400円、8,900円、9,400円の4段階に改定されました。

『料金と来園者の推移』

公式カレンダーを確認すると、改定前の平日料金8,200円より安い7,900円の日はかなり限られており、改定前の休日料金8,700円よりも高い8,900円、9,400円の日が多く設定されていることが確認できます。

先日公表された2021年度の決算では来園者数は当初予測を上回るも、コロナ前の2018年のわずか37%の1205万人まで減ってしまいました。一方で、ゲスト1人当たりの売上高は14,834円にまで上がり、来園者数が6割超減少したにもかかわらず、テーマパーク事業単体で営業利益25億円を計上しています。

過去最高のゲスト1人当たり売上高を記録し、テーマパーク事業で916億円の営業利益を出した2018年度決算でさえ、その数値は11,614円です。2021年度のゲスト1人当たり売上高14,834円がいかに驚異的な水準であるかが分かります。

中期経営計画では2024年度の来園者数目標を2018年の実績3255万人の8割弱に相当する2600万人としていますが、1人当たり売上高の伸びを見れば、来園者数を2割減らしても収益は十分に確保できる計算が容易に成り立ちます。

値上げを考えた際に経営者の頭を真っ先によぎるのは、顧客離れによる売上高減少の恐怖です。しかし、当たり前のことですが、売上は【売価×販売数量】ですので、売価を上げることができれば客数は減ってもかまわないはずです。

客数が減少しても利益が減らなければ、値上げは成功。客数が減った分、生産性は確実に向上します。客数が減少すれば、値上げを受け入れて残ってくださったお客様へのサービスを今よりも充実させることができます。

値上げ後に残っていただいたお客様の多くはファン客のはずです。
オリエンタルランド社は値上げをしたうえで意図的に来園者数を減らし、利益を減らすことなく、ファンであるお客様に、より満足していただこうとしているわけです。

値上げは、既存の大切なお客様を、より大切にするために必要なこととも言えるのです。

データの木を見て森を見ず

『先行指標』『遅行指標』という経営指標の考え方があります。

因果関係がある入口(先行)と出口(遅行)について測定できる数値のことです。

会社業績で例えれば、先行指標を『問合せ数』、遅行指標を『売上高』と設定した場合に、問合せ数をタイムリーに抑えておけば先の業績がざっくり管理可能…というイメージです。

もちろん、先行指標と遅行指標の『間』には数えきれないデータ(金額、件数、人数、%など)が存在し複雑に絡み合います。それでもあえて単純化すれば、「平均契約率50%」、「平均販売単価100万円」というデータだけでも、月100件の問合せ(入口)で平均月商は5,000万円(出口)と見込みが立つわけです。

「あたりまえのことを今さら!」とツッコミが入りそうですが、経営をこのように単純化して考えられない中小企業がおそろしく多いのも事実です。

つまり、現状把握ができていません。自社のパフォーマンスデータが分かっていません。問合せ数が多ければよいとは分かっているものの、その根拠となるデータが曖昧なので先行き管理ができません。

経営者に質問しても「だいたいこのくらいかなー…」という感じで、実際のデータを分かっている方は少ないはずです。

さらに、データを集計している中小企業自体は少なくはない…という実態が問題をややこしくしています。とくにインターネットでビジネスを行っている企業がデータを活用するのは当然のことであり、たくさん集計し、たくさん保有しています。

ここで、一つの仮説として「データをたくさん保有していれば業績がよいのか?」という点に行き着きます。

「データを制するものは…」の論調で語られる近年のデータドリブン経営。データを使えないのは〇〇だくらいの勢いです。

ですが、データはファクターの一つであり、それ自体が目的ではありません。経営に必要なデータは昔から変わっていません。

データを本当に分かっている経営者は、より少ないデータでシンプルに判断しようとします。データドリブン経営とは口にしません。

会社経営というレイヤーにおいては、業績改善の目的のためにデータが必要なのであり、頂点のデータだけでは不十分な場合に直下の関連データを細分化していくイメージです。最初から現場のデータを分析しても、会社全体の業績には直結しません。

たとえば、店長に単価を変える権限がなく、かつ売上目標を与えられているのであれば数を追うしかありません。お客さまの回転率というデータですが、回転率を上げようと思えば人手も掛かります。人手を掛けたくても人件費を増やす余裕はなく、人手を掛けてもきっと儲からない…。ジレンマです。

ここで経営判断として単価を倍、客数を半分と決めてしまえば、店長が数を追う必要はなくなります。ついでに人手も7割で済むのであれば、回転率は低い方がよいという真逆の結果です。

最近は現場の社員にもデータを使わせるケースが増えてきました。しかし、最も重要なのは経営判断です。この判断をもとに現場にデータをおろします。経営判断を伴わないと、細かいデータが乱立し、現場はデータに振り回されます。そして、データをいくらこねくり回しても業績はよくなりません。

繰り返しますが、データを生かすためには明確な目的が必要であり、目的があいまいなままデータを振りかざせば、ムダな時間とコストが掛かります。

中小企業はグローバルな大企業とは違うのです。経営者が方針を決め、その方針の実現のために必要なデータをシンプルに活用すれば十分です。

とくに中小企業は経営判断のデータと現場判断のデータを同じレイヤーで議論する傾向が強く、値上げ一つとっても、経営の問題から判断せず、現場のデータを使って検討するのです。

このメルマガでは値上げ値上げとしつこく表現していますが、それは値上げが他のデータを無効化できるほど圧倒的なインパクトがあるからです。単価決めはデータドリブンではなく、方針です。

以上、ここまではデータドリブン経営に対する苦言でした。

なお、近年では先行指標と遅行指標だけでは不安に駆られる事態も発生しています。それは、モノ不足、人材不足、コロナや戦争における『滞留』という要因です。

先行指標が好調でも、遅行指標として結果が出るまでの期間が長期化しているという現実に対応しなければなりません。そのため、『中間指標』または『滞留指標』と表現すべき指標も必要となってきています。これは入口から流れてくる指標がスムーズに出口に向かうよう折返し地点に番人を設けるという意味です。

ちなみに、先行指標、遅行指標に目標管理を考慮したものが流行りの『KPI』『KGI』とお考えいただいてよろしいかと思われます。

皆さまも目の前にデータを広げすぎていないか、口だけのデータドリブン経営になっていないか、いま一度確認されてみてください。