最低賃金が経営を変える

今月7日に閣議決定された「新しい資本主義の実行計画」の工程表に、「最低賃金についてはできる限り早期に全国加重平均が1000円以上となることを目指す」ことが明記されました。具体的には2025年度までの達成を目指すとのことです。

全国における現在の最低賃金と、全ての都道府県が1000円まで引き上げた場合の上昇率を一覧にしてみましたので確認しておきましょう。

『最低賃金一覧』

現在のところ1000円を超えているのは東京都と神奈川県のみ、最も低い高知県と沖縄県は820円です。800円台にとどまる多くの県が1000円を目指すには110~122%ほどの上昇率となることが分かります。

政府がかかげる1000円以上という目標数値は全国平均ですが、現在が930円ですので、あと3年で全ての都道府県において概ね108%ほどの賃上げが求められることになります。

私たち中小企業にとって楽な目標値でないことは確かですが、最低賃金額での募集ではなかなか人が集まらない状況は都市圏では既に何年も前から始まっており、ここ数年で地方でも似た状況になりつつあるのはご存知のとおりです。

他社よりも高い給与を支払うことができなければ、優秀な人材どころか、単純な労働力の確保すら難しくなってきていることを強く認識しなければなりません。

売上を数で稼ぐことが難しい中小企業における解決策は1つ。
価格を上げて賃金の原資となる付加価値額を向上させていく以外にありません。

今後3年で最低でも賃金の108%程度の付加価値額向上ができない企業は事業を続ける資格がない。私たちはいま、政府にそう言われているのです。

しかし、値上げはそう何度もできるものではなく、最低賃金上昇に応じて毎年値上げを繰り返すわけにはいきません。

つまり、目の前のコスト上昇分だけを転嫁する値上げではダメなのです。
単なる価格の上げ下げが通用するほど簡単でも単純でもありませんが、やるからには少なくとも向こう何年は値上げしなくても大丈夫だという計算が立つかたちでの対応が必要です。

ここから先の価格戦略(値上げ戦略)が持つ意味は今まで以上に大きく、存続に関わるものであることは間違いありません。

「価格を上手に上げていくことができない中小企業は生き残れない。」

このことを強く肝に銘じておかなければなりません。

値上げの事前準備

『FLR比率』をご存じでしょうか?

  F・・・Food(原価)
  L・・・Labor(人件費)
  R・・・Rent(家賃)

飲食業でよく使われるコスト構造を表す比率です。

売上高に対して3つの費用の合計比率が〇〇%以下であれば「理想的だよね!」というもの。3つの合計で考えるのは、それぞれの費目がそのお店の特徴かつ利益の源泉につながるため、1つだけでは比較不可能だからです。

例えば以下のような感じ。

  • Fを上げて、良い食材を使い、コスパを特徴とする。
  • Lを上げて、良い人材を使い、料理の質を高め、あるいは接客の質を特徴とする。
  • Rを上げて、良い立地を使い、客数を増やす。

FLR比率が高いということは売上高が相対的に低いということであり、逆に低ければ高い利益をあげていると考えられます。

Fは変動費(比率)ですが、LとRは固定費(金額)のため、この分析は売上がある程度一定というコロナ前の経営が前提でした。売上高が激減すれば、変動費は連動しても固定費の比率が激増するからです。

近年は人件費・家賃と上がり続け、コロナ禍で少し落ち着いたところに今度は原料高、エネルギー高と続きます。人件費も再度上がり始めている。家賃は移転すれば下げることもできますが、Rを活かして集客していた店舗はRを下げてやっていけるのか…。

皆さま、頭が痛いことだと思われます。

毎度のことですが、結論からお伝えすれば、中小企業の解決策は値上げしかありません。さらに、今後継続的にコストが上がり続けることを想定すれば、値上げも継続的に行う必要があります。

コストは企業努力で下げるべきという論調もありますが、規模の追求ができない中小企業では効果は見込めません。

同じ場所、同じ人でやっている限り、F・L・Rが今後下がることはあり得ないのですから、経営を続けていく限り売上高を引き上げるしかありません。そして、数がさばけない中小企業は単価を上げるしかありません。

したがって、自社の生命線であるコストの合計比率が一線を越えたら『値上げをする』、『値上げは定期的に行う』、『次の値上げのタイミングまで耐えられる値上げ幅を検討する』と、あらかじめ決めておき、機械的な判断できるような準備をしておくことが必要であると考えます。

あくまで売上高が著しく増減しないという前提ではありますが、コロナも落ち着いてきた現在ならFLR比率のようなアプローチも運用可能かと考えます。そもそも、今後ずっと続くことなのですから、値上げのたびに悩んでいたら気持ちが持ちません!

Fは飲食業に当てはまるものですから、他業種では売上原価を用いればOKです。限界利益率が極めて高い企業であれば原価を外して問題ありません。また、来店型ではない企業であればRは基本的に不要で、代わりにA(広告宣伝費)が入ってくるかもしれません。

私どものようなBtoBの専門サービス業はLがすべてですが、当社は2番目に高い比率がS(システム・ソフトウェア・クラウド関連費。原価および原価外費用含む)で、この2費目だけで十分判断可能です。

基本的に3費目で管理すれば十分であり、業種によっては2でも問題ありません。比率が高い管理すべき費目が4つも5つもある企業は利益が出ていないと言い切れます。

特定の費目がライバル企業に比べて突出して高く、それを活かした経営を行うというのが中小企業のやり方です。そのため、全体的に高いということは特徴が無く、ただ存在しているだけの企業です。このようになっては継続企業として危うい。

とはいえ、飲食業を例にとっても、近年はキャッシュレス決済費、グルメサイトの手数料、予約やレジのシステム費など、一つ一つは薄いものの、じわじわと体力を削られる費用の比率も増えています。

ですから、飲食業でもRは管理外と割り切れるのであれば他の費目(場合によっては複数をまとめて)と入れ替えることが考えられます。

なお、ここまで書いていまさらですが、値上げを行って売上が上がるかどうかというのは別問題。価格決定権が無い商品・サービスを売っていて値上げを行えば、数の急減の可能性があります。

結局、中小企業の努力はコスト削減よりも、価格決定権を持つ商品・サービスの開発に振り向けるべきであり、タイミングについては事前準備がすべてです。

値上げのタイミングについてはさまざまなアプローチがありますが、自社のコスト構造を監視し続けるということも選択肢の一つとお考えください。