錯覚

「こちらの商品、5年間ご利用いただけて、お値段10万!!

1日あたりにすると、なんとたったの27.4円!!!」

高額な商品を日割り計算することで、支払い金額を高いと感じさせまいとする営業の常套句にはご注意いただきたいところですが、この考え方、皆さんにはちょっと違った場面でぜひ活用していただきたいと思います。

以前、ある方から相続のご相談を受けた時のことです。
ご相談者は80歳、既に病気が進行しており、医師から余命宣告を受けていました。
相続人は75歳の奥さまと40代の息子さんが3人いました。

ご相談者は会社経営者ではなく、ごく普通のサラリーマンでしたが、6年ほど前に親から相続した不動産が年間600万円程度の収入を生んでいたこともあり、ご相談をいただいた時点で自宅不動産、賃貸収入用不動産の他に3000万円ほどの預貯金をお持ちでした。

ご相談者のご意思を確認したところ、基本的には奥さまに残したいとのことでしたが、今まであまり何もしてやれなかった、離れて暮らすご長男だけには、できればこの折に現金500万円くらいをあげたいとのことでした。

そこで3人の息子さんについてお聞きすると、3人とも結婚してお子様がいらっしゃり、みな普通のサラリーマンではあるものの、生活には困らないだけの十分な安定した収入がありました。

特に40代後半のご長男は一般的に高給取りと言って差し支えない年収がおありでした。

さて、ここで冒頭の考え方です。

私はご相談者に、こう申し上げました。

「確かに3000万円は大金です。しかし、奥さまはまだ75歳、健康であれば、この先の人生が20年以上あっても驚くことではありません。そういう意味では3000万円は決して持っているのに多すぎる額ではありません」

「3000万円のうち、ご長男に500万円差し上げたとして、残りの2500万円を20年で割ってみてください。年間では、わずか125万円になってしまいます」

「3000万円全額奥さまにご相続いただいても、20年では年間150万円です」

「この先20年以上あれば、その間に病気等でまとまったお金が必要になることもあるでしょう。不動産収入だって、いつ借り手がつかなくなるとも限りません」

「聞けば、ご長男を筆頭にお子様たちはみな立派に独立されています。今後の奥さまの人生を守ることを最優先し、今回は全て奥さまにご相続いただいてはいかがでしょうか」

そして、やがて奥さまが亡くなった際には、その時に残った財産をお子様3人で平等に分けることを提言させていただきました。

ご相談者は3000万円あれば残りの奥さまの人生には十分すぎる金額だと考えていたことが錯覚だと気付いたのでしょう。

「先生の言う通りです、今回は全ての財産を妻に残す方向で進めます」
そう言ってくださいました。

晩年に不動産収入があったとはいえ、一般のサラリーマン家庭において、80歳で預貯金残高3000万円はとても立派です。きっと堅実に生きてこられたのでしょう。

このご相談者が、「年金も不動産収入もあるし貯金が3000万円もあるんだから、長男に500万円くらいあげても大丈夫だろう」と考える気持ちも理解できます。

しかし、繰り返しになりますが奥さまの残りの人生の年数で割って考えれば、その金額は決して多くありません。何らかの事情で不動産収入が無くなれば、年金と合わせても十二分な生活費が確保できているとは言えないのではないでしょうか。

もちろん財産の多寡や相続人の状況によっては、2次相続の税金対策なども含めたところで遺産分割を検討する必要があります。

しかし、最も重要なことは税金ではなく、残されたご家族が皆元気に仲良く、できるだけ不自由なく暮らしていけることで、それこそが先に逝くものの願いではないでしょうか。

買い物する時よりも、「もらう(残す)時こそ、日割り(年割)計算を。」
ぜひ頭の片隅にでも入れておいてください。

(柴沼 尚彦)