しまむらから学ぶ「売上減少」と「値下げ」

【しまむら3期ぶり減益】

3月20日の日経新聞には衣料品小売のしまむらの連結営業利益が前期比1割減であったとの記事が掲載されていました。記事の概要は以下のとおりです。

(1) ファッションセンターしまむらの売上落ち込みを挽回するため値引き販売を増やした
(2) 値引き販売の結果、客数は1%伸びたがそれ以上に客単価が下がって(2.3%減)収益を圧迫した
(3) 結果的に売上高は前期並みとなった
(4) 連結営業利益1割減になった
(5) 広告宣伝費や人件費の増加も重荷となった

減益となってしまった要因としては在庫削減のためにアイテム数を減らしたことなども影響しているようですが、今回しまむらが行った「売上の落ち込みを挽回するために値引き販売を増やした」ことの結果は、私たちに基本的かつ、とても重要なことを教えてくれます。

中小企業であれ大企業であれ、経営者の多くは売上高を下げることをとても嫌います。
しかし、売上高が下がることについては、さほど気にする必要はないし、場合によっては意図的に売上高を下げることが必要な時があるとすら私は考えています。

誤解を恐れずに粗っぽく言ってしまえば、利益さえきちんと上がっていれば、売上高なんてどうでもいいのです。

しかし、経営の現場では売上高が前年割れすることへの抵抗はかなり強いものとなります。
現実に、しまむら同様に売上高を維持、もしくは増やそうとすることに目を奪われて利益を減少させてしまうなんてことが、中小企業経営のあちこちで当たり前のように起こっています。

これは営業の現場社員などを中心に「売上高」を単に「売上高」としてしかとらえていないことに一つの原因があると私は考えています。

売上高は通常、【売価×販売数量】で計算されます。
(販売数量は業種によっては客数、個数、件数、重さ、時間などに置き換わります。)

当たり前だろ!と思うかもしれませんが、この式が意味することがきちんと理解できていれば、人的リソースを筆頭にあらゆるリソースが不足しがちな中小企業が、値下げをして販売数量で売上高も収益も稼ごうとするなどあり得ないことがわかるはずです。
もし仮にそれを中小企業で実行しようとした場合、必ず組織が疲弊してしまいます。

■売価戦略と販売数量と収益の関係

売価 販売数量 売上高 収益 備考
理想だが実現は難しい
値上げを受け入れられる市場からの支持が必要不可欠
→↓ →↑ 【ヤマト運輸型】売上高は下がっても生産性・収益構造は改善する
販売数量増加に応じて体制の構築が必要
現状維持 
事業が衰退する
→↑ →↓ 【しまむら型】売上高を維持しても生産性・収益構造が悪化する
事業が衰退する
事業が成立しなくなる

表の【ヤマト運輸型】であっても、値上げが市場から受け入れられずに販売数量が激減すれば、値上げ効果を吹き飛ばして収益は下がりますし、【しまむら型】であっても値下げの影響を吹き飛ばすだけの販売数量を獲得できれば収益は上がりますので、厳密には売上高と収益の関係は必ずしも表のとおりにはなりません。

しかし、適正な値上げであれば、収益が悪化するほど販売数量が激減するケースは私どもの周辺では今のところ見たことがありません。販売数量が減って売上高が下がったとしても必ず収益構造が改善し、生産性も向上します。

一方で【しまむら型】によって売上高の維持を目的に値下げを行えば、販売数量が増えても収益は悪化します。大企業ならいざ知らず、中小企業において値下げを補うだけの販売数量増加を達成することはかなり難しいでしょう。

このことが分かっていれば、ある特定の意図的なものを除いて、原則、中小企業において「値下げ」戦略はあり得ないという結論に至るはずです。

逆に、生産性向上や収益改善を目的とする場合、値上げによって客数も販売個数も減ってもかまわない、すなわち売上高が下がったってかまわないわけです。

いや、かまわないどころか、むしろ生産性向上や収益改善目的達成のためには、【ヤマト運輸型】によって意図的に売上高を下げる必要があるとさえ言えます。

今回のしまむらの取った「売上高確保のための値下げ」戦略とその結果は私たちにとても重要なことを教えてくれます。

こだわるべきは売上高ではなく収益です。
売上高維持・増加の呪縛から解き放たれてしまいましょう。

税理士はデータサイエンティスト?

データサイエンティストという職業が注目されているのは皆様もご存じのとおり。
AIやビッグデータなど、データが重要なのだと騒がれてはいますが、何がどのように重要なのかはさっぱり分からない方が多いものと思われます。
かく言う会社の業績もデータという意味では同じですが、会社の業績がさっぱり分からないというのはさすがに問題があります…。黒字なのか、赤字なのか。資金繰りは問題ないのかという判断は、会社の継続性にとって死活問題だからです。
ただし、データだけが重要なのでしょうか?
私どもは『税金はお客様の痛み』と定義しております。従って、税金はデータとは認識しておりません。運転資金として実際に動いているお金も同様です。
しかし、税金やお金を除けば、お客様の会社の数字はデータとしての側面も強く認識しています。監査やアドバイスも、データを元に判断しています。そういう意味では、データサイエンティストの端くれと言えるのかもしれません。
一方で、いわゆる経営分析は好きではありません。依頼されれば経営分析も行いますが、基本的にはごく一部のお客様ごとの主要な比率を抑えるだけで、普段は気にも止めません。そもそも、お客様に経営分析結果をお伝えしたところで、「それで?」と言われるのがオチです。
経営分析などは、外部の識者や金融機関が、人ごとのように皆様の会社を評価する際に用いるものだと考えております。一方的な通知表に近いかもしれません。
例えば金融機関が企業を評価するのは融資のためでもありますが、融資については、主にデータを対象とする定量分析と、データ以外を対象とする定性分析があります。
最近、融資にもAIが導入され話題となっておりますが、AIによる融資判断などは定量分析のみで皆様の会社を勝手に評価する典型例です。
「あなたの会社の将来性などは関係ない。過去のあなたの会社のデータと中小企業のビッグデータのみで融資の可否と金額を決定します」つまりこういうことになります。
一昔前の金融マンであれば、経営者の人となりを十分に考慮(定性分析を重視)した上で、データ度外視で融資を通した場合もあったはずです。
何が何でも黒字を出せば良いという訳ではありませんし、お金が十分にあれば良いという訳でもありません。データ以外の判断が重要な場合も多々あることは皆様の方がご理解されているはず。
私も、ある程度お付き合いをしているお客様であれば、ご相談を受けた際に、お客様以上に「これなら大丈夫です。それはダメです」と判断ができることがあります。
「なぜ、そう言い切れる?」とお客様から確認を求められることもありますが、過去から現在までの状況をデータで把握しており、お客様の人となりを十分理解した上で、この先のお話を伺えば、おおむね見当がつきます。そもそも、すぐにお客様自身がその事実に気付かれます。
AIは定量分析が得意ですが、経営者やその企業の定性分析はできません。今後、金融機関が定性分析の能力を失えば大変なことになりますし、税理士が流行に乗ってデータサイエンティスト気取りになったら目も当てられません。
データだけで会社の業績を判断しているようでは、そのお客様の事は何も分かっていないという事になります。そして、AIやビッグデータが重要になればなるほど、目に見えるデータ以外の情報の重要性も際立ってきます。
この事実は、あらゆるサービスにおいても言えるのではないでしょうか。最近のデータ偏重の傾向にハマり過ぎると、痛い目を見るかもしれませんので、皆様もご注意ください。