事業承継税制について考えてみる

30年度の税制改正大綱で、オーナー企業向けの事業承継税制について効果的な改正が行われるという点については先月お伝えさせていただきました。

今回はこの事業承継税制について、もう少し詳しくお伝えさせていただきます。

まず、この事業承継税制が「使えるのか? 使えないのか?」という結論については、「使える」とお伝えしておきます。

ただし、「誰でも使えるのか?」という点については、「誰もが使う必要はない」ということになります。

「使う必要はない」とはどういうことかというと、皆さまの会社の自社株評価額がどの程度なのかという点に尽きます。

例えば、自社株評価額が1,000万円と1億円の会社があるとします。

オーナー企業の自社株対策の王道は「毎年地道に贈与する」ですが、後継者に毎年贈与するとして、評価額1,000万円のケースでは10年掛ければ無税で株式を100%異動できます(評価額が不変とした場合)。

「10年も!」とお考えの方も多いかもしれませんが、10年で済むなら安いものです。仮に5年が経過した時点で相続が発生したとしても、この500万円に対して掛かる相続税は多くはありませんし、実質無税の可能性も十分あり得ます。

しかし、評価額が1億円の会社が無税で贈与を行おうとすると90年です。無税で贈与できる金額は限られてしまうことはお分かりいただけると思います。

つまり、「うちの自社株は、どう考えても多額の税金を支払わない限り後継者に引き継げない」という方については、事業承継税制を使うことを検討すべきということになります。逆に、税金を支払わなくとも(あるいは少ない税金で)自社株を後継者に渡すことができるのであれば、”あえて”事業承継税制を使う必要はないということになるのです。

あえてというのは、事業承継税制が手間とコストが掛かる制度だからです。

事業承継税制は全ての株式に掛かる贈与税または相続税を100%猶予する制度ですから、手続きに手間が掛かるのは当然です。この制度の手続きを行うのは顧問税理士になると思われるため、皆さまに手間が生じるという事はほとんどないでしょうが、そのための報酬は発生します。

その結果、自社株に掛かってくるであろう税金と事業承継税制に掛かるコストを天秤に掛けて判断することになります。

そのため、自社株を子に承継させるという前提であれば、自社株評価額が1億円を超える辺りから、事業承継税制に掛かるコストよりも自社株に掛かる税負担の方が大きくなる可能性が高いと考えられます(ケースバイケースですので、個別のシミュレーションは必要です)。

なお、事業承継税制を使うとなれば、原則として他の自社株対策は選択肢から外れます。

通常、コストを掛けずに自社株対策を行うことはできません。税金も支払わず、外部に費用も支払わずに実行可能なのは無税枠の贈与のみです。

最終的に事業承継税制を使わざるを得ないのであれば、自社株対策と称したさまざまな節税策は、得るものは少なく、コストだけが発生すると言っても過言ではありません。

近年提案が多かった持株会社化のスキームも、事業承継税制を使うのであれば、あえて実行する必要性はないかもしれません。保険や不動産を使った自社株対策も不要でしょう。

それだけ、事業承継税制が自社株評価額が高いオーナー企業には有効な制度になったということです。

正直申しまして、皆さまが理解すべき点はこれだけです。細かい点は顧問税理士にお任せいただければ十分です。

先月発売させていただいた『今までの節税はもう通じない! ~セオリーなき、これからの税務戦略~』でも解説させていただいておりますが、節税というもの自体、考え方を変える必要が出てきました。

世間的に言われている節税策にもはや効果はありません。皆さまにとって本当に節税となるのは、その方それぞれにあった策となります。それだけ細かいメンテナンスが求められています。

セオリーが無くなった今、皆さまも節税という言葉にだまされないよう用心してください。オーナー経営者にとって『節税』という魔法の言葉は、『ビットコイン』という魔法の通貨に踊らされる一般人と同じですので。