『ジャイアン的思考法』は税務署には通じない!

私が税理士を開業したての頃に出会った老夫婦の話をいたします。
その老夫婦は従業員数名を雇い、小さな会社を経営されていました。
小さいながらも堅実な経営で毎期黒字経営を続けており、役員報酬もご夫婦で2000万円弱をとっていらっしゃいました。
運転資金が心細くなったときや設備投資が必要になったときには社長である旦那さんが会社に貸し付けており、銀行からは無借金ながらも社長からの借入金は数千万円程度はあったという状態です。
そんなある時のこと、いつものように帳面を拝見しながら奥様とお話をしていました。
奥様「会社からは毎月お給料をいただいていることになっているけど、いまどのくらい貯まっているもんかねぇ?」
私 「毎月(会社の)通帳からお給料は振替えになっていますが・・・」
奥様「すべて主人が管理しているから私はいくらもらっているのかもさっぱり分からないんですよ(笑)」
と、こんな感じです。
作業が終わると社長と奥様とお茶を飲みながら話をするのがいつものパターンでした。
そこで先程の奥様からの話を社長さんに聞いてみました。
私 「社長、奥様のお給料は社長がすべて管理されているとお聞きしたのですが、失礼ながらどのようにされているのですか?」
社長「あぁ、そのときによって違うけど大体10万円程度は妻の口座に入れて残りは全部私の口座に入れてますよ」
私 「エッ!奥様名義の口座に全部入れてないんですか?」
社長「入れてないよ。会社でお金が必要になるときがあるから私の口座に入れておいてその都度会社に貸し付けているからね」
社長「今月も車を買うのにお金出してるだろ」
私 「・・・そうだったんですね」
社長「私ら夫婦なんだから妻のものは私のモノ、私のものも私のモノさ(笑)」
この話を聞きながら私の頭に浮かんだのは、昭和のガキ大将『ジャイアン』です。
ジャイアンといえば「お前のものは俺のモノ、俺のものも俺のモノ」という名言があり、これは自らの所有物は当然に自分の所有権を主張しつつ、他者の所有物に対してさえも何の法的根拠なしにその他者の所有権を否定し、所有権が自分にあることを主張するという利己的思考です。
そして、この思考のたちの悪いところは当然に所有権が自分にあると認識しているところで、『贈与』を受けているという認識が全くないという点にあります。
民法では、『贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる』(民法第549条)と規定されています。
これに従えば、ジャイアン的思考によって夫が一方的に自分名義の口座に預金しただけでは贈与とはならないとの見方をすることができます。
ところが、税務署では贈与については当事者の意思にかかわらず『事実認定』という方法によって贈与税の課税を行います。
今回の事例では、長年に渡り自分の現金が夫名義の口座に預金されていることを認識しており、かつ、口座名義人である夫が預金を管理運用し、自由に使用収益させているという『暗黙の了解』がある場合には贈与税が課税されることとなります。
仮に、それが過誤や軽率な判断によりされたものであったとして贈与税が課税される前に本来の所有者に戻されていれば課税はされないこととなりますが、その場合には、過去に遡って預金を個別に把握できることが必要となります。
従って、夫名義の口座に不規則、不定期に預け入れている場合や現金で預け入れている場合、また、会社に貸付けを行っている場合等、個別に財産の管理がされていない場合には妻の所有分を把握することができないため事後の対策をとることすらできなくなってしまいます。
問題はまだ続きます。
このような事例で会社に貸付けを行っている場合、会社の帳簿では多くの場合が夫である社長から借り入れを行ったという処理がされています。
その結果、社長に相続が発生した場合には多額の『貸付金』が相続財産として相続税の課税対象となってしまいます。
オーナーの貸付金は返済の見込みが乏しい場合であったとしても、会社が存続している限り相続財産に含まれてしまい、まさに『負の遺産』となって問題を残します。
ジャイアン的思考、はたまた、昭和初期の家長的思考を税務署が大目に見てくれることはないでしょう(笑)。