「長いデフレの間に、企業は投資や従業員への還元を行わずに、ずっとお金を貯め込んできたという状況が続きました。だからこそ、デフレからの脱却であります。つまり、企業にとって投資をしたり、あるいはしっかりと従業員に還元していかなければ、逆に企業が損をしていくという時代に私たちは変えていきます。」
10月1日の安倍首相の発言です。
『ずっとお金を貯め込んできた』という前提に立って、デフレや税金について議論が行われる点については、少なくとも中小企業の経営者にとって納得はできないでしょう。
平成24年度の黒字申告法人(つまり税金を納めている法人)は、27.4%と10月に国税庁から発表されたばかりです。
単純に考えると、納税をしていない3/4の企業はお金を貯められていない訳ですし、納税をしている企業においても、お金が借入金の返済に回っていることが多いので、やはり簡単にお金は貯まりません。
3/4近くの企業が納税していないのに、「法人税を減税しますので、賃上げを!」といわれても、「誰に向かって話しているのだ、経団連とかに属する上場企業だけか!」といいたくなるのが本音でしょうか。
ということで、消費税の増税は決定しましたが、その次は法人税の減税の行方が注目を集めています。単純に法人税の減税ということであれば、個人(つまり給与所得者)に直接関係はありませんが、今回は『賃上げ』とセットで取り上げられていますので、個人の方でも気にかかるかもしれません。
最終的には12月に発表される予定ですが、現在分かっている主な減税は下記のとおり。
■所得拡大促進税制の拡充(給料上がったら税金を下げるよ)
■設備投資減税の拡充(設備投資したら税金を下げるよ)
■復興特別法人税の廃止(単純に税金を下げるよ)
■法人実効税率の引き下げ(単純に税金を下げるよ)
つまり、「減税をすることによって、企業には余裕ができるはずだから、それを賃上げに回してね。賃上げしてくれたらさらに税金を下げるよ。だから企業は減税分を内部留保に回さないでね。そして、もっと設備投資をしてね」というサイクルを狙っていることになります。
しかし、少なくとも私が知る限りにおいては、賃上げに積極的な中小企業は見受けられません。人材投資促進税制の恩恵を受けている業績好調な中小企業でも、社員数の増加に伴うものであり、一人あたりの賃上げとは別の問題です。
安倍首相は、内部留保を行うと損する税制に変えるのだよといいますが、私たちがお客様とお話しするのは、どれだけ内部留保していくかという点につきます。
もちろん、企業にとって必要な時期に、内部留保から設備投資というのは当然のことです。給料以上の働きをしている社員の賃上げを行うのも良いでしょう。とはいえ、社員の評価を挟まずに、ダイレクトに賃上げがなされるようなことになったら、事業を継続することによって雇用を確保している中小企業の「継続性」に大きな影響を与えます。
東京の景気が良くても、地方の景気は良くない。地方にまで波及するには時間が掛かるとはよくいわれますが、“仮に”大企業が賃上げをして消費が増えて経済成長につながったら、その次に時間を置いて、“結果として”中小企業の景気がよくなるかも・・・しれません。
そのときにはじめて、中小企業の賃上げが「一時金」(つまり賞与)という形で反映されるのが精々なのではないでしょうか。固定給が一斉に上がるのは、経営の弾力性という意味ではやはり危険を伴います。そのときまで、賃上げ税制が残っているかは定かではありませんが・・・。
とはいえ、『下げた税金は、どこかの税金で上がる』。
これは当然のことです。
それが今回は消費税ということですが、消費税の増税は社会保障費にのみ充てると強調されています。ちなみに、社会保険料は毎年上がっており、この引上げは平成29年までとなっておりまが、“現時点で”ということになります。
社会保障費が足りないといって消費税を増税するくらいですから、常識的に考えたら、平成30年以降も社会保険料は上がると考えた方が間違いないでしょう。
薄く広くという意味では、消費税とは比較にならないくらい簡単に「増税」できます。
現在の社会保険料の引上げ幅は、0.354%。
月額給料が30万円と仮定して、これを単純に掛けると毎月1,062円の増税。10年間では毎月10,620円(個人と企業で折半)の増税完了(10年間の累積で3.54%の増税)。
仮に、社員が30人であれば、10年間で、3,823,200円(10,620円×12ヶ月×30人)の増税完了。
つまり、企業が負担している人件費は、賃上げをしなくても上がっています!
もちろん、社会保険料負担の増加は、減税の対象にはなりません!
法人税の減税メリットを受けることができるのは、社員数が増えて、設備投資して、大幅な黒字申告を行った場合のみという、「超」変動制。
それこそ、「一時金」である減税と、「固定給」である増税が組み合わさっています。
こうなったら、社会保険料負担を減らしやすい非正規社員が絶対的に増えるに決まっています。結局は、増税の問題でもなく、減税の問題でもなく、裏側に社会保障費の負担が争点になっているということに気付かなければなりません。
「所得の拡大で消費が増えてさらなる経済成長につながるといった好循環を実現する」と安倍首相は意気込んでおります。
これが本当に好循環を実現するか否かは、歴史のみが知るということになるでしょうか。