400万円納めるよりも、350万円納めるほうが損に感じてしまう?

私は税務の現場で、たびたび次のような場面に出くわすことがあります。
私「今期の決算は1,000万円の所得ですが、予定納税でたくさん納付していますから、今回の決算では還付になります。」
お客様「納税にならなくてよかった!むしろ、税金が戻ってくるなんて!」
私「予定納税で500万円納付しているおかげで、今回は100万円の還付ですが、1年を通せば400万円納めていますよ。」
お客様「そうなるのかね?とにかく納税ではなくてよかった!!」
同じお客様の翌期の決算において・・・
私「今期の決算は、900万円の所得ですから350万円の税金になります。ですが、予定納税で200万円納めていますから、差額の150万円の納付になりますね。」
お客様「そうか・・・、納税なのね。仕方ないか・・・。」
私「前期は400万円の納税でしたから、それに比べれば、50万円少ないことになりますね。」
お客様「違うでしょ?前期は税金が戻ってきたよ。」
私「それは予定納税が多かったからであって、通年で見れば400万円ですよ。ですから今年は50万円少ないことになります。」
お客様「そういえば、そうだったね・・・。しかし、納税か・・・。」
このテンションの違いは何故に起こるのでしょうか?
下のグラフは、行動経済学において有名なプロスペクト理論の価値関数を表したものです。

損得の増減に対して、人が感じる価値の動きを表したものであり、このグラフから読み取れることは次の3点です。
(1)参照点依存・・・
損得の価値は絶対的なものではなく、その人がもっている独自の基準を参照点として、そこからの距離で決まります。
年収1,000万円のAさんにとって、1,000万円は絶対的な価値ではありません。
ライバルだと思っているBさんの年収が900万だった場合には満足感を得ることになりますが、もしもBさんの年収が1,100万円であれば、不満を感じてしまうことになります。
(2)価値の逓減・・・
幸福度も不幸度も、増えていくに従って、感じる価値は鈍化していきます。
一杯目のビールはとても美味しく感じますが、三杯目にもなれば・・・、ということです。
(3)損失性回避・・・
人は利得よりも損失のほうに大きく反応します。
例えば、同じ100万円であっても、100万円を得る喜びより、100万円を失う痛みのほうが大きく、回避しようとする傾向にあります。
冒頭の決算時のやりとりにおいても、これらの効果が大きく作用しています。
お客様にとって、参照点は『この決算において1円でも納めることになるのか否か』であり、損失性回避から、(通年でいくら納めているかは関係なく)『目の前の納税をとにかく回避できてよかった』という心理になります。
実際、決算時のタイミングだけを見れば、通年で400万円納めている期(決算時には100万円の還付)よりも、通年で350万円納めている期(決算時には150万円の納付)の方が、ものすごく損をした気分になっているのです・・・。
これから消費税の増税等で世の中のモノの値段が変わってくるわけですが、このような価格に対する人の感情の動きを知っているかどうかは非常に大切になります。
販売サイドであった場合、「税込価格1,050万円が、消費税の増税で1,080万円になりました。」と提示するよりも、「増税後の税込価格1,110万円ですが、当社は増税相当分値下げしますので、お値引きをして1,080万円にて提供します。」というだけで、消費者の受ける印象は変わります。
消費サイドであった場合、「A社は『基本料金2年間タダ』と言っているが、B社は『前機種5万円で買い取り』と言っている。今すぐ5万円もらえるなんて非常に魅力的だと思うのだが、目の前の単純な損得に関わらず、トータルでお得なのはどの会社なのだろう?」といった冷静な思考が必要になります。
まずは、『人間の行動は不合理である』と認めることが出発点になります。
そもそも、経済学が前提としている『完全で合理的な人間』などいないのですから。