わたしの実家は県内では少しは名の知れた観光地にあります。
久しぶりに家族を連れて実家に帰ると、近所の食堂が廃業していました。
おそらく、この当たりでもっとも観光客が入っていた食堂です。
もちろん地元にも多くのファンをもつ『老舗の食堂』。
斯く言う、わたしもファンの一人であり『鍋焼きうどん』のダシは秀逸でした。
その老舗食堂が廃業していました。
聞くところによると、廃業の理由は、店主であるオーナーの病だといいます。
一見すると、致し方が無いように聞こえる話ですが、その本質は『後継者不在』という 多くの中小企業が抱えている問題そのものにあります。
このような事態に直面したとき、中小企業の経営者がとりうる選択肢は二つしかありません。
一つは、今回の食堂オーナーがとった『廃業』という方法
そして、もう一つが『M&A』です。
この食堂のオーナーがM&A という手法を知っていたかどうか分かりませんが、もっと早くからM&A を検討していれば、廃業をする必要はなかった筈です。
そこで、今回は『会社の売り時』について話をさせていただきます。
これから話をさせていただく事例は、実際にあったある会社のお話です。
ただし、守秘義務がありますので、業種と金額についてはデフォルメいたします。
その会社は東京方面にある総合建設業の会社です。
業歴が古く、特殊な技術を持っていることから、優良な得意先を数多く持っていました。
しかし、経営者の高齢化と後継者不在を理由にM&A を決断されました。
従業員は社長を入れて15名
後継者が不在であったことから、経営者は積極的に設備投資をしておらず、設備は
老朽化が進んでおり、新規の従業員も採用しないことから、従業員の平均年齢も55歳となっていました。
この会社の損益計算書と貸借対照表は以下のとおりです。
業績の推移をみてみると、売上げは過去3年間でもっとも高い値を示しているものの、その中身は主要取引先である大口の売上げが3年連続で減少し、その分を、新規の小口売上げがカバーしているという状況です。
ところが利益は、逆に3年連続で減益となっていました。
しかも、設備投資は行っていなかったため、減価償却費は毎年減少しています。
つまり、『売上げは増加しても、利益は増えていない』とう最悪の状況にありました。
次に、財産の中身をみてみると、総資産は15000 万円で総負債は6000 万円、その結果、純資産は約9000 万円となっていました。
さらに詳しく見ると、資産の中には、ゴルフ会員権とゴルフ場の預託金が5000 万円と、遊休地が2000 万円ありました。
これらの資産は、買い手にとっては意味の無い資産であるため、通常は話し合いにより、売り手オーナーに現物退職給与として、引き受けていただくことになります。
その結果、この会社の純粋な財産価値は、2000 万円(9000 万−(5000 万+2000 万))となってしまいました。
会社の価格の計算方法には何通りかの方法がありますが、中小企業M&A においてもっとももちいられる方法は、『時価純資産価額+暖簾代』です。
このうち時価純資産価額については、それぞれの時代の時価を反映しますので、特に売り時ということはないのですが、『暖簾代』については、例外なく、右肩上がりの時に売ることをオススメします。
なぜならば、暖簾代とは、会社が生み出す儲けの値段のことだからです。
一般的には、この暖簾代は『経常利益の3年分』というのが相場です。
しかし、この3年分という数字は、会社の業況や業界の動向によって大きく左右される金額なのです。
つまり、業況がよければ、この暖簾代は、5年分にも10 年分にもなることがあるのです。
その逆に、業績が右肩下がりの場合には、最悪、暖簾代はゼロ評価ということもあるのです。
事例の会社も業績が右肩下がりで、かつ、十分な設備投資も行っていなかったことから、暖簾代についてはゼロ評価となってしまいました。
しかし、この会社が3年前にM&A を考えていれば、暖簾代は少なくとも3年分の3000 万円はついたはずです。
このように、M&A のタイミングを間違えると、結果は全く違うものとなってしまうのです。
そのためM&A について、一番よく聞かれる質問が「会社はいつ売ったら一番いいですか?」というものです。
私は、この質問にいつも決まって同じ答えをします。
「それは、皆さんが一番売りたくないと思っていらっしゃるとき、あるいは、M&A など考えられないと思っているときです。」
ご安心ください。
いくら私がそのように話しても、直ぐにご自分の会社を売ろうとする経営者に出会ったことはありません。
今は、それでも結構です。
しかし、いざという時に、あなたの会社はM&A ができるのか?
会社が売れるとすれば、その金額がいくらなのかを知っておく事は経営判断をするうえでとても重要なことです。
この食堂のオーナーが、それさえやっていれば、万が一オーナーが変わったとしても、この食堂は今まで通り、この地域で営業をしていたに違いないと、私は確信しています。